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前田公平の夢から生まれたサウンド・ビレッジ

1980年代、東京では音楽スタジオの開設ラッシュが続いていました。
そんな中、多くのスタジオ建設を手がけていたソナ工業(現在株式会社ソナ)という会社の社長であった
故前田公平が、大自然の素晴らしい環境の中で音楽作りが出来るような音楽村を作ろう!と決心しました。
そして現在の場所を見つけ、小さいながらも立派なスタジオを持つ音楽合宿施設サウンド・ビレッジをオープンさせました。
さらに発展させていきたいという前田氏の願いは東京青山のビクタースタジオにも届き、
本格的な録音スタジオを作ろう!ということになりました。
1989年サウンド・ビレッジ内にビクター山中湖スタジオが完成!でもその夢が実現した直後、
彼は癌のため天に召されてしまいました(1990)。
現在、我々は前田公平の夢を引き継ぎ、さらなる理想の音楽村実現を目指して頑張っています。

前田氏は自らも音楽をこよなく愛し,気分が良い時に時々歌うお気に入りのポピュラーソングは太く温かく本当に絶品でした。
そしてアウトドア大好き人間。サウンド・ビレッジの中に小さな社長小屋を造ってストーブでめざしを焼いて一杯やりながら楽しんでおりました。

 


 

「サウンド・ビレッジの夢」前田公平

 10年程前に、始めて米国に連れていって戴いた時、音楽の街 ナッシュビル に案内して戴きました。
今でもはっきりと覚えていますが、飛行機を降りて待合室までの通路にwelcome music cityと大きな看板が出ていました。   音楽の町だったのです。
街の中は皆さんご存じのとうりで、数多くのレコーディング・スタジオがあり、飲み屋さんでは
何処にいっても、ギターを抱えたお兄さん、お姉さんが歌っている。
アメリカの歌カントリー・ソングがいっぱいの街でした。
帰路に同行の方たちと、あんな音楽の街が日本にもほしいなぁ、と夢を語りあいました。
それから数年後、偶然に山中湖の人里離れた所に、いまの土地を見つけたのです。
ナッシュビルの小型版をと、音楽村と名付けました。
日本でもこんなに音楽が栄え、数えきれないほどの曲が出来上がっているのですが、
どうして、世界のヒット・チャートの中に登場してこないのか?
もし音楽が芸術なら、工場で音楽を作るようなことをしないで、
アトリエから美しい絵が生まれるように、
書斎からすばらしい文学が生まれるように、
すばらしい曲が生まれる、そんなスタジオ造りたい。
練習場があり、レコーディング・スタジオがあり、野外ステージがあり、
小さなコンサート・ホールがあり、やわらかいフトンがあって、あったかい食事が出て、
そして音楽が好きな人たちが集まってくる、そんな村を造りたいと思っています。
土地の方もスタート時は150坪(495?)でしたが、現在は1,030坪(3,399?)にもなりました。
少しずつ増やし少しでも広く少しでも楽しく過ごせる、
そして何百年も存続している音楽村をつくろうと思います。
ぜひ、今、音楽をつくっていらっしゃる皆さんに参加して戴き、
音楽の文化をこの村に育てて戴くよう、ご理解のほどお願い申し上げます。

       1988年12月

オリジナル画像